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今回は文具専門商社の、ちょっと大胆な人材育成についてお伝えします。
経営者が抱える切り離せない悩み
中小企業経営者の悩みTOP3を確認しましょう。
①売上拡大 ②コスト削減 ③資金繰り
私は、「資金繰り」だけは「経営者だからこその悩み」に匹敵すると思います。
中小企業なら、資金繰りは大抵が経営者の仕事。1年中、孤独な経営者の頭痛のタネと言われています。
これからご紹介するのは、私が仕事で縁のある、東北で文具の卸売を営んでいる中小企業です。
企業名をS社とします。S社は社員数約30名。5年前に事業の承継を済ませ、3代目の若社長が頑張っています。社長の年齢は40歳半ば。先代社長の次男です。最近は、中国や東南アジアでのEC事業に進出するなど、経営の規模を拡大させています。社員も増加傾向にあり、ここ数年、新卒の新入社員も1~2人ずつ迎えています。
文具のマーケットに触れましょう。
2015年度の市場規模は、メーカー出荷ベースで、前年度比1.0%増の4,598億円でした。冒頭に挙げたような個人向けヒット商品のうち、特に筆記具関連が貢献して市場を底上げしています。(引用:2017年 矢野経済研究所調査)
一方、市場規模こそ堅調ですが、流通構造は再編が進んでいます。2014年の文具店事業所数は7269店。7年前の2007年は1万1806店で、約4割減少しています。事業所数とは対極に、売場面積は約2割増の100.72平方メートルに拡大しています。(引用:2014年 経済産業省調査)
店舗数が減る一方、1店舗当たりの売場面積が拡大しています。町の文房具店が姿を消し、大規模な売場を抱える量販店や、商材の複合化を進める書店での取り扱いが増加しているのです。S社のような卸売業では、販路の獲得競争が過熱傾向にあります。
S社の話に戻ります。
現社長の先代の時代、販路獲得競争のために投じた大型の物流設備投資と主要顧客の流出が重なり、業績が大きく悪化しました。現社長への承継直前まで、借入の返済にも窮していました。
先代は、根っからの営業マン。
若い時は、ライトバンに文具を山ほど積みこんで、日々東北中を走り回っていたそうです。 経済環境は今と違えど、バイタリティーは誰にも負けていませんでした。
それが、先代が社長に就いてからというもの、走り回る先は金融機関ばかり。
その姿を見て、現社長はこう思ったそうです。
「自分も年中、金策に走り回るようになるのか」
現社長も大学卒業後にS社に入り、社長就任までは得意先や展示会を駆けずり回る営業マンでした。
資金繰り専門!プロジェクトチーム
現社長は社長就任前、あるセミナーで資金繰りのシミュレーション・ゲームを体験しました。
このゲームを会社に持ち帰り、営業社員向けの研修に採用したところ、意外にも社員の評価は上々。
資金繰りは、社員にとってイメージこそ浮かぶものの、実際のカネの流れと自分達の営業業務が密接に関与している事を認識できる機会は、そう多くありません。このことが社員のウケが良かった理由のようです。
その様子を見て、現社長はこう考えました。
「俺が金策ばかり悩んでいても、社員と何の目的も共有できない。今は、販路開拓が待った無しの状況だ」
社長は、既存取引先の廃業が増加する中、新たな販路開拓の必要性を強く認識していました。時は、先代社長と苦労を共にしたベテラン社員が、次々と定年退職を迎えていた時期。新たな営業体制の整備と、それを牽引するリーダーシップが必要でした。それには、資金繰りの業務をどうにか自分から吐き出せないか、日々逡巡していました。
ある日、社長はなんと資金繰りを管理させるプロジェクトチームを発足させました。決め手は、とある商工会議所の経営指導員が言った、こんな呟きだといいます。
「中小企業さんは、やっぱり社長がトップセールスなんですよね!」
メンバーは資金繰り表の作成を実際に行い、管理を行います。もちろん銀行対応は社長自ら行います。プロジェクトチーム内での資金繰りには、金融機関からの借入を行う決定権はありません。
こんな荒技は、どこの会社でもできることではありません。S社が踏み切ることができたのは、過去に資金繰りに窮した経験から、キャッシュフロー経営を重視してきたためです。先代の苦労が身を結び、現社長への承継段階では現金不足に陥る事も少なくなっていました。
もちろん、会社のカネの動きを社内に全開にすることで、社員から戸惑いの声もありました。特に、社員の人件費明細までは開示する訳にいきません。情報管理の最終チェックは、社長自らが厳重に行っていました。
一方で、社員からはこんな声も上がりました。プロジェクトチームの中の一コマです。数か月後に賞与支給時期となりますが、資金は足りていません。チーム内では如何ともできない資金不足があった場合、チームはその旨社長に報告する訳ですが、社長の返答に社員は驚きました。
社員「社長、賞与資金が足りません…」
社長「そりゃそうだ、銀行に手形借入(短期借入)申し込まないとね」
社員「えっ…」
社員からすれは、ボーナスの支給に資金調達が必要とは、思いもよらなかったようです。
「資金繰り」がもたらした成長
資金繰り管理を社員に一任したことで、社長は販路開拓に一層注力しました。
同時に、社長と社員の信頼関係が強固となり、社員の自発的な貢献意欲が高まったといいます。
社員の変化は、S社に業績向上をもたらします。
具体的には、以下のような効果が現れたのです。
①コストの最適化
社員は各自の職務の範囲で、経費の見直しを自発的に行うようになりました。 資金繰りの重要性を肌感覚に浸透させた社員は、取引先毎の特性や繁閑に応じて、最適な営業活動を行うようになったといいます。つまり費用対効果の高い営業活動で、成果にこだわる姿勢を身につけたのです。特に、中堅社員では、受注が取りにくい時期に頻繁に出張や接待をしなくなったといいます。ここぞ!という販促効果の高い時期に、営業費用を集中投下するようになったのです。
②在庫の適正化
これは、文具専門商社の営業慣習と密接であるため、先に慣習を説明します。文具商社の営業マンには、受注以外に、購買の腕前が求められます。なぜならば、営業マンは仕入担当者などの専任を介さず、仕入先との交渉を直接行うのが当たり前の業界なのです。 文具は多品種少量の筆頭格です。商品管理は目に見えて煩雑そのもの。営業マンは、営業実績の獲得を優先する心情もあって、経済的な発注ロットなどを気にせず、どんぶり勘定の発注をしがちになります。この点、在庫管理の不徹底が資金繰りを悪化させることを知った営業マンは、不用意な発注を控えるようになります。在庫管理費用も、年間5%低減したといいます。
先日、改めて社長の話を伺う機会がありました。
資金繰り管理を経験した営業マンは、価格交渉や返品交渉の面で、戦術的な強さを磨くようになったそうです。また、計数感覚に優れたゼネラルマネージャーが育ち、新事業を任せられる人材が育っているとのこと。S社は現在、国内外で日本の高級文具を販売する直営店展開を計画しています。
資金繰りを社員に任せたことが、企業の成長の契機となった例は滅多にないででしょう。S社の場合、経営者と社員が資金繰りの管理を通じて悩みを共有したことにより、経営参画意識が高まった事例と言えます。
そう、悩みも経営者の「想い」のひとつ。
どんな形であっても、想いを共有すると企業の一体感が高まることは間違いありません。
石井 伸暁
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